借金、ホテル、そして母の微笑み。着物を手放して見えたもの。

シケモク暮らし

私の母は、私が9歳の時に36歳という若さで亡くなりました。

街の酒屋の次女だった母。娘時代の着物は、赤やピンクの花柄が愛らしい華やかなものでした。私立の女学校へ通い、大切に育てられたお嬢様時代が目に浮かびます。

一転して、結婚後の着物は、日本舞踊を嗜んでいた義祖母の好みもあり、艶やかながらも手描きや刺繍が凝らされた「一点もの」が中心となりました。こうした着物を身にまとい、氏神様のお祭りの出し物に家族で出演するのが、当時の故郷の婦人たちの「粋」だったのです。

母の娘時代の着物を見ていると、私の祖母が娘へ注いだ溢れんばかりの愛情と、その愛娘を若くして失った痛みが胸に迫ります。一方で結婚後の着物を眺めれば、ハレの日に嬉しそうに微笑んでいた母を思い出します。

しかし同時に、必死に働いて、埃だらけのホテルの事務所で書類に囲まれ、疲れ果てて寝落ちしていた母の姿も蘇るのです。

「こんな立派な着物なんていらないから、借金まみれのホテルではなく、普通のサラリーマンのお嫁さんになって、専業主婦としてゆったり生きていてほしかった」

父と出会わず、あの家にお嫁に来なかったら、今も生きていたのではないか。その方が幸せだったのではないか……。40代になった今も、そんな思いが頭をよぎることがあります。

今回、山のようにあった着物の中から、これからの私の人生でも着られそうなデザインや、母との大切な思い出があるものだけを残し、他を手放すことに決めました。母と体型が似ている小柄な着物好きの友人や、日舞を習っている若いお嬢さんたちにお譲りすることにしたのです。

管理する量が減ったことで、物理的なスペースだけでなく、驚くほど心まで軽くなりました。手元に残ったのは、母との温かい記憶と、今の私が「ときめく」ものだけ。 片付けを終えた後、母の位牌に手を合わせ、「ありがとう」と報告しました。

膨大な枚数をカテゴリーや格、季節ごとに仕分けるのを手伝ってくれた友人、そして大切にしてくれる引き取り先を紹介してくれた友人には、心から感謝しています。

わが家の「シケモクJr.」たちも日々成長しています。 私も、これまで背負ってきた重荷を一つずつ下ろして、軽やかに自分の未来へ進んでいこうと思います。

私自身の人生を、もっと私らしく生きるために。

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