みなさんは「齋藤ジン」さんという方をご存知でしょうか。
彼女は、ヘッジファンドなどの大口投資家を相手に、マクロ経済や政治・地政学の観点からアドバイスを提供するマクロ経済コンサルティング会社「オブザバトリー・グループ」の共同設立者兼マネージング・ディレクターです。
投資の世界では「ジョージ・ソロスを大儲けさせた伝説のコンサルタント」として広く知られている人物です。
彼女の経歴は、実にドラマチックです。 元々は日本のメガバンクに就職されていたのですが、バブル崩壊に直面。土地神話に基づく破綻した融資、根性論で耐え忍ぶ組織、分析機能が崩壊している画一的な日本の組織文化に「こりゃダメだ」と見切りをつけ、日本自体をいわば「損切り」してアメリカに渡りました。
渡米後は、国際関係学・国際経済学で世界的に名高い米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)を卒業。当時、世間がまだ「Japan is No.1(日本は特別)」ともてはやす中で、日本の金融機関の内情を知る彼女は、アメリカのヘッジファンドに「日本切り」をアドバイスし、大きな成功を収めます。
その後30年間、日本の政治、金融・財政政策、為替、規制政策に精通したエキスパートとして、新自由主義のアメリカで第一線を走り続けてきました。同時に、トランスジェンダーであることをカミングアウトし、社会的にも大成功を収めた彼女は、自分を「新自由主義の申し子」だと言います。
そんな彼女が書いた「世界秩序が変わるとき 新自由主義からのゲームチェンジ」を拝読させていただきました。とても面白かったです。
独自の「視点」と「温度感」が持つ魅力
齋藤ジンさんの素晴らしいところは、その「視点」と「温度感」にあります。
トランスジェンダーである彼女は、渡米するまで、男尊女卑と集団主義が色濃い昭和の日本で、自分を隠しながら「エリート男子」として生きてこられました。その生きづらい生い立ちこそが、世の中を常に「マイノリティの視点」から冷静に観察する能力を鍛え上げたのだと感じます。
誰もが日本神話を信じて疑わなかった時代に、その組織の真っ只中にいながら、
「え?おかしくない?この計画性のなさ……絶対破綻するでしょ」
と、冷静にショート(売り)を仕掛けられる視線は本当に見事です。
実は、私自身の人生も、オイルショック後の金利上昇で借金が膨みすぎた家業を抱える実家を出て上京したり、リーマンショック時には稼ぐことを諦めてラテンアメリカに留学(避難・笑)、東日本震災後の東京に暮らす利回りの悪さを感じて田舎へ移住する……など、常に何かを「損切り」してきました。
私もまた、時代のイベントごとに、現状にしがみつかず、変化を選択し続けることでなんとか生き延びてきた「マイノリティ(地方出身の、身寄りもコネもない低学歴の女)」なのです。
だからこそ、彼女の持つ「マジョリティーのいうことをそのまま信じず、冷徹にデータや現実を見つめ、次の一手を選びとる視線」には、痛いほど深く共鳴するものがありました。
善悪ではなく、歴史と地政学から冷徹に紐解くスタイル
齋藤さんの語り口は、どこかの国やシステムが「良い・悪い」「優れている・劣っている」という二元論(善悪)では語りません。
歴史を丁寧に紐解き、地政学やエネルギーといった多角的な観点から分析・整理し、それを理論に落とし込んでいくスタイルです。そのプロセスが非常に知的で、謙虚で、どこまでも等身大。だからこそ、読んでいて非常に冷徹でありながらも心地よく、好感が持てます。
自分が謳歌したルールに、しがみつかない潔さ
彼女は自分を「新自由主義の申し子」と呼びます。新自由主義の始まりとともに渡米し、「日本切り」や「マイノリティの権利を認めるリベラリズム」の恩恵を存分に受け、いわば影のフィクサーとして成功を収めてきたからです。
そんな彼女が、なぜあえて表舞台に立ち、日本語で、日本人に向けた初めての著書を出版したのか。
それは、「失われた30年」ですっかり希望を失ってしまった若い日本人に向けて、
『今だよ!!もうルールが変わるよ!!気づいて!!』
と新自由主義の終わりを告げ、エールを送るためだそうです。
自分がその恩恵を最も受け、謳歌したはずの「新自由主義」というルールに決してしがみつかない。その潔い姿もまた、彼女の大きな魅力です。
長く生きているというだけで若者を批判し、勝手に愚かだと決めつけて説教を垂れる年配者が多い中、彼女のように時代を冷静に見据え、次の世代にバトンを渡せるような歳のとり方をしたいものだと、深く感じさせられる一冊でした。


