【半導体の現場回想】AMAT「MIRRA」と荏原「EPO」の謎|CMP装置2強の設計思想の違い

20年ほど前、中古の半導体製造装置のブローカーだった頃、中古の装置市場を覗くと、億の値がつくステッパー(露光機)やスパッター(成膜装置)が世界中で活発に取引されている一方、新品では人気があるのに中古ではほとんど流通しない装置がありました。それが「CMP(化学機械研磨)装置」です。

例えば当時、現場の工場内でよく見かけたアプライド マテリアルズ(AMAT)の「Mirra」。工場閉鎖などで公開された売り中古装置リストにはたくさん並んでいるのに、買いのリクエストは一度も来ず、わたしも一度も売ったことがありませんでした。

理由は明白で、「一度使うとスラリー(研磨剤)や酸・アルカリで機械内部がボロボロになり、金属汚染(メタルコンタミ)のリスクが高すぎて他人のラインで使えない」からです。半導体装置の中でも飛び抜けて過酷な「泥水」の環境で動く、それがCMP装置です。

そんな「使い潰される消耗品」のような世界で、20年以上にわたり市場の約9割を牛耳り続けているのが、米国の巨人「アプライド マテリアルズ(AMAT)」と、日本の老舗ポンプ屋「荏原製作所」です。

今回は、かつて現場で中古装置を見ていた私の実体験を交えながら、この2強の決定的な設計思想の違いと、いま再び起きている勢力図の激変を整理してみます。

第1章:数字で見るCMP市場|世界シェア9割を牛耳る「2強」

最先端工場において、CMP装置の選択肢は基本的に「AMATか、荏原か」の2択のようです。約65〜70%をAMATが握り、残る3割強を荏原が追う構図が続いています。

項目Applied Materials(AMAT)荏原製作所(EBARA)
代表機種Mirra(200mm)/ Reflexion(300mm)EPO(200mm)/ F-REX(300mm)
出自成膜・エッチングを網羅する世界最大の装置巨人明治創業の**「ポンプ・風水力機械」の老舗**
強みの源泉圧倒的な装置全体の統合力、高い生産性流体制御技術、洗浄一体型思想、緻密な圧力制御
装置の性格洗練されたグローバル標準機(モジュール型)顧客の歩留まりに泥臭く寄り添う「すり合わせ型」
周辺の武器スパッタ、CVD、検査まで全工程をパッケージ提案工場に必須のドライ真空ポンプ(世界2位)

第2章:思想の違いが生んだ2強対決|「洗浄」が変えた現場の常識

かつて200mmウエハの時代、工場の現場や中古市場でとても不思議な光景を目にしました。

200mmの工場に行くと、標準機であるAMATの「Mirra」がずらりと大量に並んでいる一方、別の区画にはぽつんと1〜2台だけ荏原の「EPO」が置かれていたのです。

さらに中古市場でも、AMATのMirraは買い手がつかないのに、荏原のEPOは引き合いが多く、すぐに売れる人気装置でした。「おなじCMP装置なのにMirraの中古は人気がなく、EPOは低てあまた・・・なんでだ?」と当時の私は疑問に思っていました。

実は、この差を生んだ正体こそ、荏原が持ち込んだ「Dry-in / Dry-out(洗浄一体型)」の革命だったのです!

1. 荏原「EPO」の衝撃と、AMATの焦りが生んだ「Mirra Mesa」

初期のCMPは「ただ削るだけの機械」でした。研磨後のドロドロのウエハを濡れたまま取り出し、別の独立した洗浄機へ大急ぎで運ぶ運用だったため、途中で研磨剤が乾いて焼き付く致命的な欠陥が頻発していました。

そこで荏原は、研磨からロールブラシ洗浄・スピン乾燥までを1台に密閉した「乾いた状態で入れて、綺麗に乾いて出てくる(EPO)」を完成させました。

これに「ウチのシェアが奪われる!」と強い危機感を抱いたAMATが、既存のMirraに後付けでドッキングできるように慌てて開発した洗浄モジュール――それが「Mesa(メサ)」です。

中古市場で「Mirraは全く売れないゴミ扱いでした、しかしMirra Mesaはなかなか出てこないし、出てくると即売れ」でした。人気の理由は、エバラのEPOシリーズと同じく、装置内で洗浄まで完結し、機械内部の致命的なメタル汚染が少なかったからなんですね。

2. ポンプ屋だからできた「水膜バリア」

さらに荏原は、得意の流体制御を活かして「ウエハ裏面に純水の水膜カーテンを張り、研磨廃液を1粒たりとも裏面に回り込ませない」機構を作り上げました。裏面にゴミがつくと次の露光工程でピンボケを起こすため、日本のシビアな半導体メーカーから熱狂的な信頼を勝ち取ったのです。サブファブ(工場の地下)でメインの派手な装置を動かすための日陰の存在だった地味なポンプ屋さんである荏原が起こした派手な技術革命と言えるでしょう。

第3章:なぜ他社は撤退したのか?CMPという「泥臭い魔境」

半導体装置の大手(東京エレクトロン、Lam、ニコンなど)も過去にCMPへ挑みましたが、ことごとく撤退しました。

  • 「真空」と「泥水」の住む世界の違い:露光やエッチングが極限の「クリーンな真空」で行われるのに対し、CMPは研磨粉と薬品をジャバジャバ流す「超過酷な水回り」です。錆やシールの腐食との戦いであり、真空装置のノウハウが一切通用しません。
  • すり合わせレシピの壁:「装置 × スラリー(研磨剤) × パッド × 専用洗浄液」が完璧に噛み合わないと平らになりません。何万時間もの現場の泥臭い試行錯誤が必要なため、後発メーカーが装置だけ作っても絶対に歩留まりが出ないのです。

この高い参入障壁こそが、2強体制を20年以上不可侵にしている「経済的な堀(MOAT)」です。

第4章:洗浄技術を武器に、いま荏原が世界首位の牙城を崩しにかかっている!

そして時代が300mmに進んだ現在、荏原の「洗浄力と圧力制御」が再び猛威を振るっています。

昔の半導体は「平らに削れればOK」でした。

しかし今の先端半導体(何百層も縦に積む3D NANDや、AI向けのHBM)は、ナノ単位の削りムラや微小な研磨カスの残留が即座にチップ全滅に直結します。

海外の大手メモリメーカーたちも「洗浄の綺麗さと、均一に削る技術は、やっぱり荏原が頭一つ抜けている」と気づき始めたのです。

結果、AMATが7割近く握っていた市場で、荏原はじわじわとシェアを拡大(現在35〜40%近くまで肉薄)。「2030年に世界首位を奪取する」と宣言し、熊本新工場などで増産アクセルを踏み込んでいます。私が半導体から離れていた20年の間に、あの王者AMATに堂々と戦いを挑む状況まで成長したなんて、マジですごいです!しかもあの、当時ハイテク株から一番縁遠い存在だった地味で手堅いインフラ会社の荏原が!!ドラマだぜ・・・興奮するぜ・・・。

第5章:投資目線での着眼点

AI半導体や積層メモリ(HBM)の進化により、ウエハ1枚あたりのCMP通過回数は激増しています。

  • アプライド マテリアルズ(AMAT):成膜から検査までトータルで握る世界王者。業界全体の波をダイレクトに捉えたい場合の王道銘柄。
  • 荏原製作所(6361):洗浄力を武器にメモリ先端ラインでシェアを奪うチャレンジャー。さらに工場インフラに必須の「ドライ真空ポンプ」でも世界2位のため、新工場建設の恩恵をダブルで受ける強みがあります。

シクリカル(景気循環)銘柄のため市況の波はありますが、「洗浄技術という替えの利かない武器」を持つ実力企業として、サイクルの底値圏でぜひ狙いたい銘柄です。

おわりに

20年前の現場では、研磨や洗浄といえば「汚い装置」「ただの洗濯機」のような扱いを受けることもありました。

しかし時代は変わり、工場の片隅で動いていた地味な機械は、いまや最先端AI半導体の歩留まりを握る最重要チョークポイントへと進化しました。

泥臭い技術を極めた日本の老舗ポンプ屋が、米国の巨大ハイテク王者を本気で慌てさせ、牙城を崩しにかかっている――。そう思うと、チャートの向こう側にある企業ドラマが何倍も面白く見えてきますね!

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