20年前、私が半導体商社で働いていた頃、業界の絶対君主は間違いなく「ニコン(NIKON)」でした。
半導体メーカーにとって、最先端のチップを作るための心臓部であるステッパー(露光装置)をニコンから予定通り調達できるかどうかは、まさに工場の死活問題。顧客であるはずの巨大デバイスメーカー側がニコンに対してどこか頭が上がらず、常に顔色を伺っているような力関係を、当時の私は業界の空気として肌で感じていました。
それほどまでに当時のニコンが持つ技術と存在感は圧倒的であり、誰もが「日本の精密工学の牙城は永遠に崩れない」と信じて疑わなかったのです。
しかし、それから20年。現在の半導体露光装置市場を見て、私は言葉を失いました。
かつての絶対王者ニコンは、オランダの新興企業「ASML」に最先端市場のシェアをほぼすべて奪われ、株価も低迷。経営が厳しい中で巨額を投じて本社ビルを「若者を惹きつけるオシャレな空間」へとリフォームしたかと思えば、直後に新規事業の巨額赤字で社長が引責辞任するという、経営迷走の極みを見せています。かっこわるい、まじでかっこわるい・・・一体どうしちゃったの、天下のニコン様?!
世界を支配していた精密機械の巨人は、いったいどこで道を誤ってしまったのでしょうか?
当時の業界の空気感を知る元商社ウーマンの視点から、ニコンがASMLに敗れ去った決定的な分岐点と、そこから学べる投資の教訓を紐解いていきます。
1. 20年前の現場の空気感:顧客でさえ頭が上がらなかった「絶対王者ニコン」
私が商社で中古半導体製造装置の海外輸出などを担当していた2000年代半ば、業界のヒエラルキーの頂点に君臨していたのは、シリコンバレーのハイテク企業でも巨大半導体工場でもなく、間違いなくニコンでした。
半導体を作る工程の中で、最も難しく、最も莫大な設備投資が必要とされるのが「露光(ステッパー)」工程です。シリコンウエハの上に、目に見えないほど微細な回路パターンを光で焼き付ける装置ですが、この心臓部である巨大な光学レンズをナノ単位の歪みもなく磨き上げ、狂いなく光を制御できる技術において、当時のニコンは世界で群を抜いていました。当時業界では、「ニコンでステッパーの投影レンズを最終調整・研磨する職人は、役員並みの超破格な給料をもらっている」という話がまことしやかに囁かれていました。
それもそのはず、ステッパーのレンズに求められる精度は「関東平野の広さに拡大しても凹凸が数ミリ以下」という狂気の世界。機械加工の限界を超えたナノレベルの歪みを取り除けるのは、世界で数人しかいない「神の手」を持つ職人の指先感覚だけだったからです。
他社が決して真似できない人間国宝級の職人芸。この圧倒的な「匠の技」こそがニコンの絶対的なモート(参入障壁)であり、日本の精密工学の誇りそのものでした。
半導体メーカーにとって「ニコンから最新の露光装置を何台割り当ててもらえるか」が事業の命運(売り上げと利益率を左右する歩留まり)を左右していたため、通常の「買い手が強くて売り手が弱い」という商売の力関係は完全に逆転。顧客であるはずのデバイスメーカーでさえ、ニコンにはどこか頭が上がらない様子でした。
「日本のものづくり技術は世界一であり、この牙城は絶対に揺るがない」
業界に関わる誰もがそう思っていましたし、当時のニコンが誇る圧倒的な技術力とモート(参入障壁)は、それほど強固に見えていたのです。ものづくり日本人が、好きそうな美しい物語でしょう?(笑)
2. 第1の分岐点(2003年):「水」を嫌ったニコンと、「水」に賭けたASML
風向きが変わり始めた最初のきっかけは、2000年代初頭に訪れた「微細化の壁」でした。
より微細な回路を焼き付けるためには、照射する光の波長をどんどん短くしていく必要があります。当時、業界の本命と目されていたのは「F2レーザー(波長157nm)」という極めて短い波長の光を使う技術でした。ニコンも巨額の開発費を投じ、自社の誇る超高精度な光学ガラス技術でこの王道を突き進んでいました。
ところが2002年、台湾のTSMCの研究者(リン・ベンチェン氏)がとんでもないアイデアを学会で提唱します。
「レンズとシリコンウエハの間に『純水』を垂らせば、光が屈折して波長が縮む。わざわざ新しいF2光源を作らなくても、従来のArFレーザー(波長193nm)のまま134nm相当まで微細化できる(ArF液浸技術)」
この奇策に対する日欧メーカーの反応は、残酷なほど真っ二つに分かれました。
- ニコンの反応:「クリーンルームの超精密装置の中に水を垂らすなんて正気の沙汰じゃない。レンズが汚れるし、気泡や温度変化のリスクが高すぎる」と懐疑的な姿勢を崩さず、正攻法であるF2レーザーの開発に固執。
- ASMLの反応:当時まだ後発の挑戦者だったオランダのASMLは、「これなら巨額の開発費をかけずにニコンを逆転できる!」といち早くTSMCの提案に飛びつき、全速力で液浸装置の開発へ舵を切った。
結果はどうだったか。水中の気泡や異物の問題は見事に克服され、ArF液浸露光機はあっという間に実用化されてしまいました。
正攻法にこだわったニコンのF2開発は莫大なサンクコスト(埋没費用)となって消え去り、液浸への切り替えに1〜2世代の遅れをとることになります。この瞬間、ニコンは最先端半導体の開発スピード争いで初めて主導権を奪われたのです。
3. 第2の分岐点:すり合わせの「自前主義」vs オープンな「水平分業連合」
液浸でのつまずき以上に致命的だったのが、「ビジネスモデルの違い」でした。
ニコンの強みは、レンズの素材から研磨、機械の組み上げに至るまで、自社と系列企業の中で極限まで磨き上げる「垂直統合・すり合わせ(インテグラル)」にありました。ものづくり日本人の誇る職人技のような精密加工の積み重ねこそがニコンの参入障壁(モート)だったのです。
しかし、半導体がナノスケールに突入するにつれ、装置1台の開発費は数千億円規模へと跳ね上がります。光学、精密位置決め、超高真空技術、レーザー光源……すべてを1社で抱え込んで自前開発するのは、財務的にも技術的にももはや不可能な領域に達していました。
ここでASMLがとったのが、徹底した「オープンな水平分業(モジュール型)エコシステム」です。
ASML自身は「インテグレーター(まとめ役)」に徹しました。
- 光学系・ミラー: ドイツの光学の名門「カール・ツァイス」と資本提携して丸投げ。
- レーザー光源: アメリカの光源トップメーカー「サイマー」を買収して統合。
- その他の重要モジュールも世界中のトップ企業から調達し、ASMLはそれらを統合するプラットフォーム作りに専念したのです。
自前の技術にこだわり、すべてを自社で背負い込もうとしたニコンは、世界最高峰の連合軍を束ねて猛スピードで進化するASMLの開発スピードと資金力に、徐々についていけなくなっていきました。
4. 息の根を止めた第3の分岐点:EUV開発での脱落
そして決定打となったのが、現在最先端のAI半導体(スマホやGPU)を作るのに絶対不可欠な「EUV(極端紫外線)露光技術」です。
波長13.5nmというX線に近い光を使うEUVは、大気中を光が通らないため「超高真空」の中で行わなければならず、レンズも使えないため「原子レベルで平滑な反射ミラー」を使わなければなりません。あまりの技術的難易度に、一私企業が背負えるリスクを完全に超えていました。
2012年、資金難に直面したASMLは、歴史に残る「神の一手」を打ちます。
「EUVを完成させたいなら、お前たちも開発資金を出せ。その代わり、完成した暁には優先的に装置を納入してやる」
ASMLは顧客であるインテル(米)、サムスン電子(韓)、TSMC(台湾)の3大メガファブに対し、自社への出資と研究開発費の拠出を要求したのです。顧客をリスク共同負担のパートナーに巻き込むことで、ASMLは数千億円の開発資金と、世界最強の実証実験環境を一気に手に入れました。
一方のニコンは、長年の盟友であり最大の顧客だったインテルに依存していましたが、インテルもまた開発が難航するニコンを見限り、ASML連合へと乗り換えていきます。
単独での巨額投資に耐えられなくなったニコンは、2010年代に最先端(EUV)露光装置の開発レースから事実上の撤退を発表。
この瞬間、世界で最先端の半導体露光装置を作れる企業はASMLただ1社となり、世界シェア100%のモンスター独占企業が誕生しました。かつてニコンに気を遣っていた世界のハイテク巨人は、今や全員がオランダのASMLに頭を下げているのです。
5. なぜこうなったのか?:本社ビルと赤字辞任に見るニコンの「昭和的ガバナンス」
かつての絶対王者がなぜここまで落ちてしまったのか。近年のニコンの動きを見ていると、技術の敗北だけでなく「企業の意思決定とガバナンスの構造疲労」を感じずにはいられません。
カメラ事業がスマートフォンの台頭で直撃を受け、稼ぎ頭だった半導体露光装置もASMLに奪われるという「ダブルの打撃」を受けながらも、同社の危機感はどこか現場とズレています。
象徴的だったのが、業績が低迷する中で巨額を投じた「新本社ビルのリフォーム」です。「人材不足の昨今、若い優秀な人材を惹きつけるため」と銘打って古くなった本社ビルに多額のお金をかけておしゃれなオフィスにリフォームというニュースをみましたが、私からすれば「そんな見栄を張る金があるなら、最先端の開発投資や直接的な賃上げに回せよ」と思いました。
案の定、華々しく新本社を発表した直後に、新規の電池関連事業で巨額の減損赤字を計上し、社長が引責辞任に追い込まれるという迷走ぶりを露呈しました。
「良いものを作っていれば顧客はついてくる」という過去の成功体験から抜け出せず、業界のゲームのルールが変わったことを見落とし、最後はハコモノに逃げてしまう――まさに日本の名門企業が陥りがちな「昭和的経営」の典型例を見る思いです。
同時期にASMLは、一人勝ちにも関わらず中間管理職に対して大幅なリストラを敢行しました。ホワイトカラーの中間管理職はAIが代替できると踏んだからです。そしてそれで浮いたお金で手を動かす現場のエンジニアを雇い直しています。
もう時代は令和ですが、今だに昭和に取り残された組織体質のニコンとどんどん時代の先に行こうとするASMLの溝は当分埋まりそうにありません。
6. シケモク投資の視点:技術の「堀(モート)」を見誤るな
技術力一本足打法の限界と、ビジネス転換の柔軟性
技術が高度化・細分化を極めた現代において、「自社の職人芸だけで全部やり切る」ことには構造的な無理が生じます。どれほど圧倒的な技術力を持っていても、一社で背負える限界を見極め、時には外部と組んで効率的なビジネスへ舵を切る「経営の身軽さ」を持たない企業は、自慢の技術に押し潰されてしまうのですね。特にハイテク業界は、常に暴風が吹いていて、うまく風にのったものだけが勝ち続けられる業界ですので。いくら立派な技術を持っていても、あまりにどっしり腰掛けていると立派な技術と一緒に置いて行かれてしまうという厳しい現実です。
「目から鱗のイノベーション」を受け入れる余白を残しているか
ニコンは「正攻法の美学」に囚われすぎたあまり、TSMCが提案した「水を垂らす」という一見突拍子もない大発明を鼻で笑って出遅れました。職人気質の真面目さは日本の美点ですが、「自分たちのやり方だけが正解だ」と思い上がった瞬間、業界の常識を覆すイノベーションに足元をすくわれます。すでにあるものの精度や歩留まりを向上させるのは得意ですが、イノベーションが起きにく日本人の優秀さと愚かさをニコンは正に体現しているように見えます。
低PBRだからと飛びつくと「バリュートラップ」にハマる
過去の栄光や保有資産がどれほど立派でも、変化に対応する柔軟性を失った名門企業は、万年割安のままじわじわと資本をすり減らしていきます。本社ビルリフォームの話を聞いて「今この会社には手を出すまい」と確信ました。
次回予告:【後編】「枯れた名機」が切り拓いた未来
では、ニコンと同じく先端露光レースから外れた「キヤノン」はどうなったのでしょうか?
実はキヤノンは、ASMLと正面衝突するのを賢く避け、全く別の「生存エリア」を築いて手堅く生き残っています。
次回は、ブログ なぜクアルコムは古いキヤノンの露光機を欲しがったのか?〜27歳の私が納めた「骨董品」と巨大テックの夜明け〜
「最新=最強ではない」という半導体現場の知られざるリアルと、20年の時を経て現在の巨大テック&AI市場へと繋がるドラマをお届けします。

