【書評】牧野知弘『50歳からの不動産』を聴いて|東京脱出と田舎婚が「人生最高の逆張り」だった理由

シケモク不動産

こんにちは、関東の片隅でのんびり暮らしている主婦のきくちゃんです。

小学3年生と中1の男の子ふたりを育てながら、自宅で商品のものづくりをしたり、精密部品の輸出業務をコツコツ続けたりしています。そして、そこで得た大事な事業利益を「シケモク投資」(割安な個別株・ボロ戸建て不動産・投資信託)に回して、地道に資産形成に励む日々です。

先日、家事と作業の合間に、オーディブルで牧野知弘先生の『50歳からの不動産』(2026年2月初版)を聴きました。 検索してみると牧野先生は不動産に関する本を山ほど出されている専門家ですが、本の中で「東京の過密な都会暮らしを卒業し、郊外や地方にシフトして生活コストを抑えて暮らす生き方」について、とても明快かつ肯定的に書かれていたのです。

聴きながら、思わず心の中で膝をバシバシ叩いてしまいました。 「ほら見ろ! 13年前の私の逆張り、大正解だったじゃないか!」と。

2011年、東京という「超・割高銘柄」に感じた違和感

私が現在の関東の田舎に引っ越してきたのは、2013年のことです。

時計の針を少し巻き戻すと、2011年3月、東日本大震災が起きたとき、私は神奈川県のアパートに住んで東京の新宿や渋谷に通勤する生活をしていました。 原発事故の不安が立ち込め、日本全体がダメージを受け、景気はどんどん冷え込んでいく。それなのに、東京近郊で生きていくための家賃や生活コストは一切下がりません。

そんな中、私のまわりの勘のいい友人たち(フリーランスや個人事業主)が、次々と地方へ脱出し始めました。 京都の田舎へ拠点を移したダンス講師の友人。小田原ののどかな場所へ移り住んだカメラマンの友人。

気になって彼女たちの新居を訪ねてみると、そこには驚くほど豊かで合理的な日常が広がっていました。

たとえば京都の友人のところは、豊かな緑に囲まれたまさに「農業王国」。食材が信じられないくらい美味しくて、それでいて電車にちょろっと乗れば、京都の街中や大阪へもあっという間に出られます。 一方、小田原へ行った友人の家は、なんと世界的文豪・村上春樹の自宅から徒歩圏内という素敵な環境でした。しかも小田原は東海道新幹線が停まるので、東京駅までわずか35分でスルッと通勤可能。大企業の重役が別邸を持つような抜群のアクセスを誇りながら、豊かな自然と海に囲まれています。

ふたりとも、都心からは少し離れているけれど、いざとなれば街にもすぐ出られる絶妙なポジショニング。 古いけれど日当たりのいい庭付きの家に住み、直売所で買った地元の採れたて野菜を使ってご飯を作り、お腹いっぱい食べる。何より、都内にいた頃と比べて彼女たちの表情がふっくらと柔らかく、心に余裕があるのが一目でわかりました。

「みんな、思い切って地方に移住しちゃったね」 私がそう言うと、彼女はあっけらかんと笑って教えてくれました。

「だって、安いからだよ(笑)」

その言葉が、胸にズドンと刺さりました。 神奈川のアパートに戻り、満員電車に揺られて都内で仕事をしていると、車両の中の人たちの疲れ切った顔や、街中に充満するトゲトゲした不機嫌な空気がどうしても耐えられなくなってきたのです。

「この冷え切った空気とストレスを毎日我慢してまで、この街に居続ける旨みって、一体何なんだろう?」

日本中が元気で景気が良かった時代なら、高い家賃を払って東京にしがみつく意味もあったでしょう。でも、このタイミングで高い生活費という「割高なプレミアム価格」を払い続け、ストレスと引き換えに得るリターンはあまりにも少なすぎる。 冷静に人生の電卓を叩いたとき、私の中で「東京というブランド銘柄を無理して持ち続ける理由」が完全に消え去りました。

「超・低PBR銘柄」だった夫との出会い

とはいえ、当時の私は30代半ば。 頭の中には「早く子どもを産まないと、タイムリミットが来てしまうかもしれない」という切実な焦りもありました。

「仕事で一旗揚げる」「自分の専門分野で何者かになる」といった、10代や20代の頃の淡くてキラキラした夢よりも、「自分の家族を作りたい、今産まないと後悔する」という現実が、目の前にドーンと立ちはだかっていたのです。

そんな灰色の不安の中で、たまたま知り合ったのが、いまの夫でした。 関東の田舎に住む、なんとも言えないのんびりした雰囲気の、優しそうな人。しょっちゅう都内に遊びに来ているけれど、自分の地元が心底気に入っていて「都内に住む気」はゼロの人でした。

正直に白状すると、もし20代のイケイケだった頃に出会っていたら、「田舎に住んでる素朴な人だから、私とは住む世界が違うかな」と、結婚の対象にすら入っていなかったと思います。あの頃の私は、東京の華やかなハイテクグロース銘柄(港区にいそうなキラキラした人)にばかり目を奪われていたはずですから。

でも、大震災を経て価値観がガラリと変わり、「生き残るための本質」を探していた私の目には、彼がまったく違う姿に見えました。

見栄を張らない。無駄なプライドや借金(余計な負債)がない。 おだやかで、日々の心のキャッシュフローが極めて安定している。 市場(都会の婚活市場)では誰も派手に注目していないけれど、中身を見ればこれ以上ないほどの優良資産。

「……待てよ。この人、めちゃくちゃお買い得な『極上の低PBR銘柄(シケモク優良株)』じゃない!?」

日本中が先行きを見失っていたあの時だからこそ、「こののんびりした田舎の人と結婚して、田舎で子どもを産んで育ててみよう。その方が、私にとっては等身大で無理がなくて、絶対に幸せになれる」という直感を信じることができました。 迷わず逆張りで「全力買い(結婚)」を決めた瞬間でした。

13年経って思う、我が家の「盤石なバランスシート」

あれから13年が経ちました。

オーディブルから流れる牧野先生の言葉を聞きながら、私は「ほら見ろ! 私の13年前の目利きは大正解だった!」と、一人でにんまりとガッツポーズをしてしまいました。

もちろん、田舎暮らしはメルヘンなスローライフばかりではありません。 夏になれば庭の容赦ない雑草むしりに追われ、食べ盛りの息子ふたり(中1と小3)の凄まじい米の消費スピードに怯え、日々泥臭く家事と仕事を回しています。

でも、高い固定費に首を絞められることもなく、家族みんなが健康で、身の丈に合った古い家で笑い合える。収入や見栄を追うことよりも、自分のやりがいやストレスフリー度を大切にして仕事を選べている。そして、節約生活で浮いた余剰資金を事業や投資(株や不動産)に回して、未来の安心をコツコツ積み上げることができています。

派手さやキラキラ感はゼロですが、我が家の暮らしは「自己資本比率が極めて高く、キャッシュリッチで倒産確率が限りなく低い、盤石な企業」そのものです。

世間の「都会で成功するのが勝ち組」という見栄のプレミアムに惑わされず、あの時、自分の肌感覚と割安さを信じて東京を脱出したこと。 そして、都会にいる「何でも知ってそうな頼り甲斐のある大人の男性」を探し続けるのではなく、田舎の実家暮らしの「ちょっと頼りないけれど、のんびりした優しい若者」を見逃さずにパートナーに選んだこと。

シケモク投資家としての私のキャリアの中で、13年前に下したこの「逆張りの大勝負」こそが、間違いなく人生最大のファインプレーだったと確信しています。

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