こんにちは、きくちゃんです!
みなさん、投資の目的って何ですか?お金を増やして美味しいものを食べるため?(もちろんそれもある!美味しいもの大好き!)
でもね、私にとっての一番の目的は、「自分の都合で私を利用しようとする人から、自分と家族の自由を守るため」なんです。
実は先日、中学生の長男(繊細な理系男子)の学校で、ちょっと……いや、かなりモヤモヤする理不尽な出来事があって。今回は、私たちがなぜ投資を通じて「経済的な盾」を持つべきなのか、そんな社会のバグの話とともにお伝えしようと思います。
学校で行われた「トラウマダンピング」
先日、長男の中学校で「命の授業」という交通安全の講演会があったんです。県警が主催したイベントです。過去に交通事故で幼い娘さんを亡くされたご遺族が登壇されたのですが……私は、そのイベントのやり方、内容、そして学校の対応に違和感を抱きました。
帰宅した息子の話によると、「命の授業」では、暗い顔をした男性(父親)が6歳の娘さんの写真を持って登壇され、ものすごい早口で「自己の悲惨な状況」「加害者がいかに気をつけていなかったか」「娘を失った後に周りからかけられて更に傷ついた言葉」などを話されたそうです。この方は被害者の自助グループに所属されており、様々な場所で自分の体験を語る活動を行っているそうです。
これを聞いて正直私は「え?そんなことして大丈夫なの?」「そんな自助グループ・・・自助になってないじゃん」と思いました。本来心に深い傷を負った人が自助グループで自らを癒すプロセスというのは、お互いに同じ傷を持つ人たちだけが集まって、お互いの体験を語り、その姿・心の痛みにお互いが深く共感することで心が癒えていくという非常に個人的な癒しのプロセスをとっていきます。しかし、今回この心に傷をおったお父さんは被害事件とは無関係のたくさんの中学生の目前に登場して、「共感」とは程遠い状況でただひたすら自分の辛かった体験を語り、加害者や当時の交通システムに対する怒りを語り、心無い声をかけてきた周囲の人々に対する恨みを述べたのです。これは、心理学で言う「トラウマダンピング(感情のゴミ捨て)」です。 同じ傷を持つ人が集まる自助グループで話すなら癒やしになりますが、心の準備もできていない中学生に一方的に重い感情をぶつけるのは、中学生にとっても「え?何で俺たちにぶつけるの?」という感じですし、本人にとっても生々しく負った傷を繰り返しえぐる行為です。回復には、繋がりません。自分の苦しみを我慢しながら人の前で体験を話す姿は一見立派に見えなくもないですが、心理学の観点から見ると本人にも聞かせる相手にとっても不健康な行為です。
さらに驚愕なのが、学校と警察が、講演直後でフリーズしている子どもたちに「明日までに200字詰め原稿用紙4ページ以上の感想文を出せ」と無茶振りしたことです!いやいや、大人たちの「PTSDで湧き上がる感情を出しました(被害者家族)」「交通安全教育やりました(県警)」「命の尊さを教えました(学校)」っていう実績やアリバイ作りのために、子どもを感情のゴミ箱にしないでよ。このイベント、誰のためにもなってないよって話です。
親子で理不尽な宿題を「ハッキング」する
うちの長男、被害者のお父さんの深い悲しみ・怒りのこもった話しぶりにすっかり当てられて気持ち悪くなっちゃってペンがピタッと止まってました。
こんな大人の自己満足(感動ポルノ)に真正面から付き合って、無理やり「可哀想でした」「辛いのに交通安全を訴えるために話してくれてありがとうございます」なんて自分の気持ちの悪さに蓋をして、偽善の上塗り作文を書く必要なし!ということで、私と長男でこの理不尽な宿題を「ハッキング」することにしました。
作戦はズバリ、「感情論は捨てて、交通システムの欠陥レポートにする」こと!
「スモークガラスで運転手の目線が見えない物理的バグ」と、「分離式じゃない信号機というシステムのバグ」について書かせたんです。遺族への感情移入ではなく、「人間の注意力(気をつけてねって気持ちや慰め)には限界があるから、悲劇を防ぐには物理的なフェイルセーフ(仕組み)が必要だ」と結論づけて、サクッと原稿用紙を埋めさせました。被害者・警察・学校の歪んだ自己満足行為に息子の心を利用されてなるものか、です。
「都合よく利用してくる大人」はどこにでもいる
この一件で改めて思ったんです。社会に出ると、こんな風に「あなたのため」とか正義の皮を被って、自分の都合や感情処理のために他人を搾取しようとする図々しい大人が山ほどいるって。・・・っていうか、まだ社会に出てない中学1年生の時点で、本来守られている安全な環境であるはずの学校でこの有様なのだなと思い、公立校ってやべえなと思いました。組織に忖度してる感じ。
もし自分が、会社や親、誰かの善意に「依存」しきっていたら? こういう理不尽な要求にも嫌々従わなきゃいけなくなります。なんなら「思いやりを持って生きなきゃ」と「良い人」でいるために、自分を利用してこようとする相手に自分の気持ちや時間や体力を捧げて、自分がどんどん削られてしまいます。逃げたくても逃げられない状況って、本当に人を壊しちゃうから。
だから私は「FYマネー」を育てる
だからこそ!組織(会社・学校など)だけに頼らない、親だけに頼らない。自分で自分を守る力が絶対に必要だなと今回の件を体験したことで改めて思いました。
嫌なことには「NO」と言って、危険な場所からいつでもサッと逃げられる自由。その最強の盾になるのが、日頃から手堅い企業にコツコツ投資して育てる資産(FYマネー)です。
誰かに依存しないと生きていけないということは、他人に自分の人生をコントロールされるということ。まだ始まったばかりの息子の人生。絶対に、誰にも自分の「生殺与奪の権」を握らせるな!と思います。そのための日々のシケモク投資であり、子どもたちのための資産形成です。
投資をしていると「お金持ち」「金の亡者」「働かないで楽しようとするズルイ人」「宝くじを買ったバカな人」みたいに思われたり、揶揄われることがよくありますが、私が見ている世界はそんな世界じゃないです。
投資は、この理不尽な世の中を自分らしく、死ぬまで壊れることなく、愛する家族と楽しく生き抜くために絶対必要不可欠であり、最高の防衛術なのです。

