「丁寧な暮らし」を気取る夫が一番丁寧じゃない現実と、松葉杖を楽しむ男児

全国の母ちゃんたち、夏休み本当にお疲れ様でした。

朝昼晩の飯炊き、エンドレスな「腹減った」、宿題の進捗見張り、塾・部活・学童・ピアノなどのスケジュール管理、やたら粉が飛び散るお菓子作りの付き添い、自由研究、家族旅行……。自分の仕事や制作なんて細切れのスキマ時間に押し込みました。諦めて停止した仕事もたくさん。「私の人生の主権はどこへ行った?」と白目を剥きながら歯を食いしばって耐え抜いた約44日間。

「やっと終わる。やっと一人になれる。私の時間と日常が戻ってくる……!」

ボロボロになりながらゴールテープを切ろうとしたその瞬間、我が家に激震が走りました。

発信源は、うちの旦那です。

突然の救急車と「優しいパパ」の暴走

長過ぎた夏休みが終わり、登校した朝、夫から緊迫した電話が入る。

「次男を自転車の後ろに乗せて小学校に送っていったら、車輪に足を巻き込まれた。今、救急車で病院に向かってる。警察も呼んだ」

……は?

次男は自分で足を動かせていると聞き、骨や腱は無事そうだと一瞬安堵したものの、次の瞬間に私の脳内で鳴り響いたのは怒りの警報でした。

「テメエ、どんだけ私の時間を奪う気だ???」

そもそも次男は小学3年生。遅刻しそうなら、自分の足で走らせればいい。走って間に合わなければ、遅刻して先生に怒られる経験をさせればいい。それが子どもの自立ってもんでしょう。今までも何度もそう言ってきました。

それを「遅刻しそうな息子を颯爽と自転車で送ってあげる優しいパパ」を気取って、禁止されている危険な二人乗りを安易に決行。結果、巻き込み事故で救急車と警察沙汰。

それ、優しさでもフォローでもない。ただの「中途半端な甘やかしによる自立の阻害」であり、「美味しいとこ取りのエエかっこしいの自己満足」です。

思えば長男の時もそうでした。2メートルの遊具で遊ぶ息子を大好きな一眼レフで下からかっこよく撮影するのに夢中になり過ぎて2メートルの遊具の上から息子が落ちる。幼児の頃の長男がデパートで走り回るのを止めず転んでデパートの硬い建材で耳たぶを切る。三輪車で暴走する幼児の息子を止められずに茂みに激突させておでこを切る……その瞬間を楽しむこと&僕と息子の素敵な思い出づくりに価値観のボリュームが全振りされ過ぎており、危機管理のネジが根本から何本も抜け落ちている男、それがうちの旦那。

かつて自然育児にハマっては「母乳絶対主義」「布おむつ強要」「無農薬食品強要」「ワクチン拒絶」で産後の私を極限状態に追い込んだ男。

自分は朝起きもしないくせに保育園への忘れ物お届け係だけやって保育園の先生に愛想を振りまいて「素敵なパパ」と呼ばれ、人気者になっていた男。

生活の地味な作業や段取りは全部私に丸投げで、表層のスポットライトだけを掠め取るそのナルシシズムのツケを、よりによって結婚13年目の夏休み明けのこのタイミングで子どもに激痛という形で払わせるとは……!

お前、いいかげん学べよ!!

怯える男と、華麗なる「丁寧な引継ぎ」

さすがの旦那も、背後に立ち上る不動明王のような私の殺気を感じ取ったのでしょう。

事件を起こした週は完全に怯えきり、警察の実況見分、学校への平謝り、息子の初期介護をせっせとこなしていました。

「反省」を求めても言い訳の燃料になるだけなので、私は一切手を出さず、発生した事件の後始末というコストを全額本人の手で支払わせるスタイルを徹底。私がここで手伝ったら「謝ったら許される」「俺は悪気はない素敵なパパ」と自己暗示させて彼の学習機会を奪ってしまう。そもそも謝罪は、ただの言葉。なんの意味もない。己で起こした問題を己で片付けることの面倒臭さ、大変さを味わうことで「もう、あんな目にはあいたくない」と思わせることでしか再発防止にはつながらない。

そして迎えた月曜日の朝。

そう、この男、今日から出張なのです。大惨事をやらかしておいて、現場から物理的にトンズラするのです。

しかも出発前、さも「家族思いで危機管理が行き届いた司令塔」みたいな顔をして、私に向かってこう言い放ちました。

「息子の足のケアと、今後の学校のお迎え方法はこうしてね(細かな伝授)」

どの口が言っとんねん。

丁寧な暮らし、素敵な暮らしを究めるのは得意だが、根本的な危機管理、スケジュール管理、締め切りを守る、コスト管理などは一切丁寧でない。しかも無自覚。むしろ「俺って丁寧で優しい、意識高い」と思ってる。それが、我が旦那。

「いや、おめえ丁寧でもねえし、自分の理想のためにまわりを犠牲にするから結果として全然優しくねえから ある意味、鬼だから」

キラキラ夫を冷たい目で見つめる妻。

一方その頃、小3男子は「新たな武器」を手に入れていた

うちの男連中の茶番劇は、父親だけにとどまりません。

今朝、私が布団で薄めを開けて寝たふりをしていた時のことです。

ふと薄目を開けると、足が痛いはずの次男が、松葉杖を壁に立てかけ、自分の両足で普通にてくてく歩いている姿が視界に飛び込んできました。

……おい。

奴はだいたい治っている。しかし、松葉杖を楽しんでいる。

骨にも異常はなく、痛みも引いてきたものの、「松葉杖をついて悲劇のヒーローとして学校に登場する自分」に酔いしれ、アトラクション感覚を満喫している様子。

大惨事の主役を気取って丁寧な引き継ぎを残し出張へ消えた父と、手に入れた武器(松葉杖)で無敵モードに入っている息子。

アイツら全員まとめて無人島で暮らせばいい。

無人島で丁寧な自給自足生活でも目指して、二人で楽しく途方に暮れろ。

放流のあとの、至福のフォー

出張へと向かう旦那を駅まで送って車から放流したあと、帰宅しようとした私は途中で気が変わり、その足でベトナム料理屋へ直行しました。

頼んだのは、透き通ったスープの牛肉フォー。

ツルツルの米粉麺をすすり、熱いスープを胃袋に流し込む。

誰の余計な能書きもない。

指示出しも、茶番劇も、視界に入らない。

静かで、清潔で、安全で、誰も私の時間を奪わない空間。

これこそが、本物の「丁寧で贅沢な時間」です。

夏休みという名のパッシブ運用地獄を完走し、夫の自転車巻き込み事故という名のヘッドライン暴落を乗り切り、男児の松葉杖エンジョイ劇場という名の仕手株のイナゴタワーを見届けた私に与えられた、正当な生還祝い。

帰宅した静まり返った我が家で、私は今、ついに一人きり。

そして、「たけのこの里」を食べながら圧倒的な幸福を噛みしめています。

あぁ・・・、生き返る。

あぁ・・・、幸せ。

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